最近になってようやくとぼんやりと鬱の原因の1つになっている要因がわかったような気がしております。それは私の基本的なもののかんがえかたの1部になっていて修正するのはとても勇気を必要とするものだと理解しています。
最初から話すと中学の時に親が仕事を投げ出し(理由はわかりません・・)祖父の遺産で毎日を遊びほうけている状況が今もって続いております。そのせいかどうかは解りませんがこんな風になりたくないって思ったはずで「絶対失敗したくない」という考えが根底にあったと思います。なので高校の受験は受けたい挑戦したい1番上の高校に入れるくらいの学力がありながらも2つもランクを落として違う高校に入学しました。
高校生活はあまり思い出したくないのですがひどいいじめにあって幸いそれが部活の中だったので「嫌な事があったら逃げてもいい」と考え部活を辞めてただただ3年間隅っこでひっそり生活していました。もちろん大学受験も偏差値でいうところの15から20も下げた大学を選びそこに絞って合格できました。
大学では3年まではそんなに苦労もせずに順調に生活できたのですが、研究室をどこにするかで悩みました。もともと大学までいって生活していればそのうちやりたいことが見つかるだろうとたかをくくっていましたのでなんの目標も夢も見出せなかったのでどんどん焦っていきました。そんな中で4年を迎えとりあえず入った研究室でもその対象に興味がもてず研究もうまくいくわけもいかず完全にテンパッた状態でその1年を過ごさねばならず就職活動も興味がない分野の推薦しかなかったのでやる気も出せずそのまま卒業だけにようやくとこぎつけた感じでした。
地元に帰ってからは少ないながらもバイトを経験しましたがとにかく他人とのコミュニケーションがうまくできずに長続きせずにバイトをやめる事もありました。その度に自分の中では今度こそとどんどん社会的にも底辺だと思えるような簡単な仕事を選んでいったのにもかかわらずそれでも失敗し続けました。
鬱の症状が酷くなったのはとある公務員試験に合格したことでした。それはもう他人から見れば絶対に安全な人生における石橋だと思いましたが、いざその実情を説明されると非常に厳しい倫理感や激務に耐えられる精神と肉体を必要とするもので説明会にいった時点で私には石橋なんかには見えず綱渡りのような細い紐にしか感じられませんでした。なので症状が出始めて不安で不安で死にたいと思うようになり、明日いきている自信もなくなった時点でこれはやばいとおもい精神科に駆け込みました。
つまり私にはたいした経験も無いくせに仕事のランクをさげたのにもかかわらずどんどん失敗するたびにもう自分には渡れる橋がないのでは無いかと思ってしまったのです。
解決は自分の考え方を変えるしかないのですがそれは今までの処世術を捨てる=今までの人生を全否定しなければならない事だったのでいまでも1歩も踏み出せずに立ち止まったままの人生になっているのです。
これが今の私であって大量の抗鬱剤を飲んでも激しい不安にさいなまれているのが現実なのです。
でも理想としてはゆっくりと整理してまずは場数を踏むように短期や短日のバイトで自信を回復していって徐々に長く続けられるような形が望ましいのですが他人とのコミュニケーションができない理由がまだはっきりとわかっていないのでその問題も解決しないことには長期間の仕事は無理だとおもうので今度はその問題に対しても答えをださなければならないとおもいます。
これが私の人生です。変われるかは自信ありませんがもう親とかに心配かけるのも心が痛むので努力して少しずつ変えて生きたいです。
最近のコメント